- 感想「超かぐや姫!」 -

感想「超かぐや姫!」

執筆: 公開日:

VR系作品って年々デバイスが小型化+おしゃれグッズ化してていいですね。

私はVRゴーグルを所有していないので、年々の変化については明るくなく、それにいきなり別作品の話を出して申し訳ないのですが、『竜とそばかすの姫』ではゴーグルという路線を捨てて、耳につけるデバイスとして表現、そして今回ではコンタクトという形で、空想上ではあるものの年々小型化し、「お手軽な」グッズへと変化している感じがしますね。「これなら万人が手を出してそう」という感じがします。VRしたまま寝てしまいアカントアメーバにやられる人が多くなってそう。

名乗りおくれました。どうも、ろむです。

タイトルの通り観てきました。なんだかんだで今年ももう3本4本は映画を観てそうなので、調子はよさそうです。

前々から彩季氏から提案がされてはいたのですが、Netfilix限定なものかと思い、観ていませんでしたが映画館でもやっていたみたいですね、大きなスクリーンで見るとやっぱり迫力があっていいものです、この手の映像美な作品だとひとしお。

ドタバタコメディでありながらも、タイトル通り、かぐや姫のストーリーを踏襲していくところがすごいですね、随所に昔話をアレンジしたところが出ていてオシャレ。「日本っぽさ」を随所にちりばめられている感じから、結構日本好きな海外の人たちの人気もありそうな感じがします。

登場人物こそ少ないものの、だからこそキャラクターの個性が強く出ていてはっきりと引き立っていていいですね。序盤あたりの話が、なんというか私的にはかぐやがアルフに感じられてきて、私自身かなりアルフファンであるため、エイリアンとか呼ばれていてで居候、ただ飯食いで人の金を使って通販しまくる、家から出るなと言われているとかの共通点が見えてきて結構面白かったです。そして、ヤチヨのコミカルな表情がよかったです。漫画的な笑顔 (^^)←これ って絵柄が複雑化していくのに伴って似合わない感じがしており、また最近ではもうほとんどの作品では極めて細かな絵柄であるがゆえに減少傾向であることから廃れていった文化であるように思っていたのですが、違和感を感じなかったです。むやみにこうした表情をせずに、まじめなシーン、コミカルなシーンとでメリハリをつけていたのも浮いてしまわなくてよかったのかもしれないですね。

皆がクリエイターでもある、といった風はVRChatでも似たようなものがあると感じており(私はVRChatを少しワールドを見て回った程度で遊んだ経験があるとはほぼ言えないので傍目ですが)、ワールドであったり、アバターであったりと皆が自己表現の機会を設けられていることにすばらしさを感じます。VRChatではなくとも、TikTokやYoutube、それに限らずXや、Instagramをはじめとした従来型のSNSにおいても少なからず文字や画像、動画を通した表現の場が偏在しているという認識を持っていることの延長として、「ツクヨミ」の世界は妥当性を持つよいものだと思う一方、創作から降りた(といいますか、初めから創作をしない人間も多数居るのですが)人間にとってはこうしたソーシャルコミュニティに対して窮屈にも感じなくはない印象も少なからず受けました。どちらかといえば、作品全体の雰囲気がまさに「クリエイターのための作品」である感じがしていて、その随所にちりばめられた雰囲気の一つである感じもします。やや批判的にも見える書き方になってしまいましたが、むしろこの点は好きです。

また、こうした作品...といいますか近年の作品ではSNSの台頭に伴い、話のスケールが世界規模にまで拡大解釈されている傾向にあるように感じつつあります。別にこの点に於いて良い悪いもないのですが、世界的に活躍しているクリエイターに青年時代...いや幼少期から触れやすくなっており、誰にでも「下克上」の権利が与えられている一方で、10年前や、20年前、あるいはもっと昔の作品ならば、地元で負け知らず(青春アミーゴ?)のクリエイターに成れたとか、地方や町で展覧会を開けたとか、それで物語は終わりに出来たものが、スケールがより大きくなっていってる感じがします。なんというか、そう簡単には有名になれねーぜって批判の話かと言われればそう聞こえてしまうかもしれないのですが、視聴者としては「ネットで活躍してるって割には一部のコミュニティでウケただけじゃん」みたいな感想を抱かれかねないのでそうせざるを得なくなりつつある、といった話です。現実世界がどんどんバトル漫画みたいなスケールの拡大化がされている印象があって、そのうち宇宙規模で人気とかに話が大きくなるのかな。←今回は広くいえば宇宙規模の話ですけど

個人的に、「今生の別れ」といった話に対して、割と再会がなかったとしても、心的につながりを持っていればそれでよいものではないか、といった考えをしています。このお話でいえば、彩葉の心境の変化があれば、それだけでかぐやが居た、という痕跡や繋がりがあるもので、今後会うことはなくとも、人生を変える(それも良い意味で)大きな転機ともなった大切な存在であったことは疑いようもない事実だと言えるので、「バッドエンド」ってわけでもないんじゃないかな、と思っています(逆に言えば、それすら忘れ、逆戻りした日常が来てしまえば、それこそ「バッドエンド」)。...といいますか、私は結構そういう話ばかりを好んで観ている傾向があります。

この物語は、二人が再開するために尽力し、成しえることができた、観ていて気持ちのよい映画だったので久々に何の心残りもなく快く見れた感じがあります。

きれいな映像にきれいな話でとてもよかったです。かなり、海風のデザインとか「スキ」がつめられていていいですね。

※追記

 折あって2回目を観ることになりました。映像がいいですね(2回目)、1回目の感想で書くのを忘れていたのですが、ダンスがすごいですね。私は正直成人するまでダンスのよさってあんまりわかってなかったんですが、身体の動きによって音や感情、その機微といった概念を表現しているのってすごいですよね。テレスコープ的な技法なのかもしれませんが、自然にかつなめらかに動いてるのもすごいです。床下のモードっぽいデザインもおしゃれです。

 個人的に、これも一回目から思っていたことではあったんですが、彩葉の「(学校は)命より大事」という発言が、キャラクターとして、また筋書き的に変化していく感情の一つではあったように思います。この感情、学生時代を顧みると学校のコミュニティというものが自らの世界を決定づけていたきらいがあった(私自身が、高校時代、意識的にネットを遮断するような生活をしていたところもあったのですが)ため、事実「限界生活」を過ごしている彼女にとって「生きるすべて」であるような極めて大きな重みであるとともに、この発言に感化される中学生、高校生とかも多そうな感じがします。作品的には「学校が全てなんてそうではない」、とメッセージづけられている(実際「やりたいこと」のために進路を大きく変更するシーンがあるなど)のですが、悩める学生すべての「生きづらさ」を象徴づけるような発言だなあという感じがしました。

 恥ずかしながら1回目で気づけなかったのですが、「蛇足」のシーンって、世界がパンケーキっぽく作ってたんですね。どうもテーブル状の世界を見ると地球平面説が脳裏を支配してしまうものでして。

No Script

- JavaScriptをONにしてください😿 -