シャンバラを観てきました。
これは続き物で、アニメシリーズの最終話として描かれたものであるから、映画単品として評価するのが難しい気もしますが、映画の中だとかなり好きです。
アニメ最終回で主人公たち兄弟はそれぞれ別の世界で生き別れる形となって、終わってしまう。映画までの間、二人は再び会うための手がかりを探すものの、エドはロケットの研究が行き詰まり、半ば諦めつつある状態に陥る...。
錬金術という才が奪われてもなお、別方面への才を発揮している(仲間からも慕われている印象だったので)あたり、錬金術の天才であったというよりも、必要に迫られて驚異的な成長を見せたのかもしれないな、という感じがしていいと思っています。
何度も見ている映画なので、結構色んなの人の感想とかで見聞きした話に着目しながらみていました。キャラクターそれぞれについて注目していたのですが、エッカルトとかは、最初こそシワひとつもない年齢もわからない美人(美魔女ってやつですかね)に描かれているのですが、門を開くにつれ恐怖心に蝕まれてみるみる老け、しまいには自分こそが「化け物」となってしまっている皮肉さがすごいですね。錬金術の世界の人々を化け物と称して殺戮しながら自分こそが正しくそうなっていく様が。
ほかにもアルも改めて観ていると、いくら背後に巨悪が潜むパンドラの箱であったとはいえ、13くらいの少年が純粋に兄に会いたいという行いが大災害を引き起こし、多くを巻き込んだ事実に耐えられるんですかね?とても陽の下を歩けないんじゃないですかね?記憶が戻る前から目の前でイシュヴァールの街を消し飛ばされ、あまつさえその人々の魂を自分に入れ込まれるという経験をしているので、いろいろと壮絶すぎる感じがします。それでも立ち上がれる精神性が強すぎる。
後、エンヴイーが結構好きなんですよね。作中最強の化け物スペックを持っており、加えてかなり残虐性も見せたりもしてかなりの悪役ではあると思うのですが、その一方で根っこには純粋な愛情を求める姿があり、もうそれって「人」だよなあって感じがします。だって、いくら父親へ復讐をするためとはいえ、わざわざ自分が死ぬかもしれない門(本人はそれを知っていたかはわからないけれど)を通っていくなんて、もう愛があるとしか思えない、嫌いも一周回れば「好き」なのかもしれないな!(暴論)それでも、父親からは最後の最後まで「こんな化け物」と称されるのが悲哀を感じずにはいられないですね。
作品全体に思っていることなんですけど、ファンタジーではありながら、根っこの部分が結構がかなり現実的な感じがする印象を持っています。例えば、エッカルトの行動原理が「恐い」から、という理由。最初こそ最後の最後の話でそんな幼稚な理由を持った奴が開いてなのかと拍子抜けしたんですけど、作中であれば、「門の向こう側」がやっていることなんてわからないし、こちら側から干渉はほぼできず、攻め入られるのを待つだけの一方的な関係性ですし、割と漠とした理由でも納得はできます。それに、現実の話で考えてもみれば、歴史上における「悪」(時代の流れによって変遷しうるものなので何かは定まらないですけど、ここでは個人のみならず群体も含みます)って、別に壮大な復讐や因縁によるものとかよりも、もっと原始的かつ衝動的な動機による感動のほうがよっぽどあるだろうなと考えを改めました。相手が別の世界の人でなくても、別の国や地域、隣人でさえも分からない存在になりうる、そんな人たちが何をするのかわからないから、先手を打って、異質として差別する、排斥する...そんな行動の先が、戦争なんだろうと思います。作中でもイシュヴァール人の差別も、異なる宗教や、アメストリスの人々が行っている錬金術とは異なるアプローチを行っていたりと、そうした「違い」が根源にあり、違いを理解できないから差別・攻撃が行われていました。そうした大なり小なりある、知らない存在への不安感に、生活への、将来への不安が着火剤となってしまっている。
誰しもが悪になりうるし、悪意に寄与もしうる、だからこそ「同じ人間」であり、悪者と善人を隔てる壁なんてそう分厚いものでもなく、むしろ希薄なものだと思いました。思い返してみれば作品全体を通して、国家ぐるみにまで発展していた一部は除きますが、割と個々の動機のスケールは大きいものとはいいがたく、誰しもが味方になれた可能性さえあったような気もしています。
別にほかの作品への批判ってわけじゃないんですけど、ある種の社会問題や、人々の根底にある無秩序的な悪を描いた作品それ自体は少なくはないとは思うのですが、ファンタジーが絡みだすと、どうしても巨悪相手への構図になりやすく、どこか別の世界の話であるように感じられ、メッセージ性が相手のインパクトに吸われてしまうような感じがしてしまうのかもしれないです。エッカルトのスケールが小さいとかではなく、等身大の人間の姿だからこそ、共感もできるし、メッセージ性もそのまま伝わってくるのかもしれないですね。
とっ散らかった感想にはなってしまったのですが、スクリーンで観れてよかったです。
20年も前の映画なのに、いまだにこうして観れる機会が用意されていて大変ありがたかったです。結構若い年齢層(自分もリアルタイムで見てはいなかったですが)が多かったのが少し意外でした。海外から来ている人もいたりと愛されている作品ですよね。